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合気道とは何か 『合気神髄 合気道開祖・植芝盛平語録』感想

 

合気道開祖の植芝盛平(1883-1969)の言葉をまとめた本『合気神髄』を読んだので、まとめてみます。

 

「合気道とは何か?」を知りたい人にとっては、これ以上ない本です。

 

合気神髄―合気道開祖・植芝盛平語録

合気神髄―合気道開祖・植芝盛平語録

  • 作者:植芝 吉祥丸
  • 出版社:八幡書店
  • 発売日: 2002-09

 

まずは年譜から。

 

年譜

 

明治16年:12月14日、現在の和歌山県田辺市に生まれる。

明治23年(7歳):四書五経に親しむ。

明治30年(14歳):病弱により地元の田辺中学を退学。

明治36年(20歳):山野で心身を鍛え強健な体に。日露戦争参加。

明治44年(28歳):北海道開拓に従事。

大正7年(35歳):大本教の出口王仁三郎氏に会う。

大正9年(37歳):京都綾部町に植芝塾開設。

大正14年(42歳):武道の新境涯を開く。

昭和4年(46歳):「合気柔術」と呼称。海軍大学校の武道教授となる。

昭和15年(57歳) :「合気武道」と呼称。

昭和17年(59歳):「合気道」と呼称。

昭和35年(77歳) :日本政府より紫綬褒章を授与される。

昭和39年(81歳) :日本政府より勲四等旭日小綬章を授与される。

昭和44年(86歳 ):4月26日、逝去。日本政府により正五位勲三等瑞宝章を授与される。

 

年譜をかいつまんで纏めてみるとこのようになります。

 

幼少期は病弱であったようです。これは、強健術を広めた肥田春充氏(1883-1956)と同じような境遇です。逆境を味わった人間の強みを感じます。肥田氏と植芝氏が同じ年に生まれているのも何かの縁を感じます。

 

42歳、人生の折り返し地点の時に”開眼”しています。

 

合気道とは

 

「合気道とは・・・・である。」という書き方をよくしていたので、目についたものをいくつかまとめてみます。以下の概念すべてが合気道です。

 

・魂の学び

魂魄阿吽の呼吸

・宇宙の営みの御姿

・万有の条理を明示するもの

・世界大平和、地上楽土の大道

・言葉ではなく禊

・各人に与えられた天命を完成させてあげる羅針盤

 

合気とは

 

「合気」についても書かれています。(「合気道」と「合気」の違いについては書いていませんでした。)

 

・愛気

・息の妙用

・武産の現れ

・宇宙組織の魂のひびきを神習うての発動

・武の大道

・言霊の妙用

・人類のみならず、万有を愛で結ぶ紐線

 

これらが、「合気とは・・・・である。」のかたちで書かれていました。

 

読者は、言葉を拾いながら頭の中で「合気/合気道」についての想像をして読んでいくことが求められます。

 

感想 

 

実践と理論が融合した読み応えのある一冊です。謙虚で徳の高い開祖の姿が見えるようです。画像はアップロードしませんが、抜群に上手い書の画像も載っていたので、興味がある人は読んでみてください。

 

これはいつか文庫本になると予想します。宮本武蔵の『五輪書』に匹敵する一冊です。

 

合気神髄―合気道開祖・植芝盛平語録

合気神髄―合気道開祖・植芝盛平語録

  • 作者:植芝 吉祥丸
  • 出版社:八幡書店
  • 発売日: 2002-09

 

 

 

 

おわり