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身体全体を使って生きる 甲野善紀『武道から武術へ 失われた「術」を求めて』感想

 

今日は、甲野善紀氏の『武道から武術へ―失われた「術」を求めて』について思ったことを書いてみます。

 

甲野さんは、形骸化した武道を乗り越えて、武道以前にあった武術について考えています。

 

「権威に頼らず、個の力を信じて生きるにはどうしたらいいか?」を身体を使って探求する姿はかっこいいです。

 

武術というものは、人間の単なる筋力や反射の速さといったものだけではなく、さまざまな能力を駆使して行なうものです。

 

武術においては個人個人の判断が重要なのです。つまり、その人の、人としての矜持、思いやり、覚悟といったものが、その人自身の行動と不離であるように稽古をしてゆくということが重要だということです。

 

武術におけるある種の「無法性」は、近代スポーツでは学べないと甲野氏はいいます。

 

「スポーツはルールによって様々なことが決まっていますが、武術は人体の構造、知覚のシステム、心理的反応といった、人が決めたルール以前の、もともと存在している法則を使い、それ以外のことを、どうするかは各自がその状況に応じて判断するものなのです」

 

武術は、ルール以前のもともと存在している法則を使う、の説明は一言で説明するのが難しいです。本のあとがき部分なので、本を読むとわかりますが。

 

個人的にはルール以前の法則とは「部分ではなく全体を見たときに立ち現れてくるもの」と言い換えられると思います。

 

意識が名詞に分かれる前のそれをよく見ろ、という話です。西田幾多郎(ベルグソンでもW・ジェームズでもいいですが)でいう純粋直観のお話でしょう。

 

言葉になる以前のふわっとした感覚を使うこと。これを養うためには、どうすればいいか?甲野氏はこう語ります。

 

それには、体全体の機能を上げることが重要で、そうした機能を向上させる稽古は、いわゆる科学的ウエイト・トレーニング等では身につけることが困難だと私は思っています。

 

身体全体の機能を上げる話はまた別の時にします。

 

一つ言えるのは、科学を使いすぎると、大事な感覚が死ぬということ。

 

この死んでしまった感覚=センスを復活させるのが21世紀のわたし(もしかしたらあなたも)に課せられた課題です。

 

武道から武術へ―失われた「術」を求めて

武道から武術へ―失われた「術」を求めて

  • 作者:甲野 善紀
  • 出版社:学研パブリッシング
  • 発売日: 2011-06-01

 

 

 

 

おわり